このコラムは、2011年9月に開催された「第13回日本感性工学会大会」での口頭発表メモとスライドを元に再構成したものです。
セッションのテーマ「ソーシャルデザインシンキングとMOD」の1パートとして、地域経営という切り口からMOD(Management of Design)の可能性を「地域におけるデザインプラットフォーム」というキーワードで検討したものです。
はじめに
これまで地域振興策として検討・提示されてきた課題と枠組みは、「全国総合開発計画(全総)」をはじめとして「産業政策」に偏ったものであり、なおかつ新産業都市と工業整備特別地区(地域)からテクノポリスに至るまで、工業的あるいは製造業的産業の振興と再配置の計画が主体であった。
地域経営の大きな目標の一つは、地域利益の創出ではありますが、さらに住民にとっては、日常生活の場として地域をどのようにかたちづくり、仕組みや制度を整備し、生活の質(QOL)の向上につなげていくのかが重要な関心事である。
地域経営の主体は「官」ではなく、あくまでも主権者である「住民」であり、地域社会の様々な課題に取り組んでいく自律的な活動主体の多様さが地域力の源泉であると考えられる。それらの創造性や新結合を支援しファシリテートし、生活文化開発、社会開発から経済開発への流れを創出する機能がMODであると言えるのではないか。
以前、地域経営におけるMODの可能性について検討した[1] が、ここでは、1986年に筆者が展開した「デザイン」をテーマとした都市経営戦略の仮説提案である「デザインポリス構想」[2] をベースに、改めて地域経営のためのデザインプラットフォームの意義と役割について検討してみたい。
1.誰が地域経営を担うのか
「公=官」という刷り込みが強かった日本では、地域経営の担い手であり主体は行政機関(地方公共団体)であり、住民は官が提供する公的サービスの受益者であるような認識が一般的であった。[3] しかし、地方公共団体の主権者はあくまで住民であり、行政機関は主権者である住民の信託を受けて、その範囲で事務事業を遂行しているに過ぎない。
その観点から、地域経営に関わる政策決定過程には地域の全ての活動主体が積極的に関与すべきであり、それを可能にする基盤を整備するのが行政の役割であるとする考え方が次第に注目されるようになってきた。清成忠男氏は講演の中で「地域の自立に当たって、地域をどうするかというグランドデザインを考えざるを得ない。どこでも基礎自治体には長期目標、長期計画等があるが、ほとんど地域外のシンクタンクに依存している。表紙を変えればどこでも同じようなものを作るというのが非常に多い。これはむしろ地域住民が自ら構想していかなければならない。」と指摘している。[4]
2.地域経営のためのプラットフォーム
議会や公聴会、旧来の審議会などのように、予算提案権を持つ首長以下行政機関側があらかじめ仮説構築した政策目標や計画を審議追認する場としてではなく、現状認識から仮説構築に至る初期の段階から、地域経営に関わる政策決定過程に地域の全ての活動主体が積極的に関与できるような、オープンで創造的な社会的基盤の整備が必要であると考える。こうした社会的基盤に期待される役割は、関係する全ての活動主体が、
1)地域の現状認識を共有すること
2)ありたい姿、ビジョンを共有すること
3)そのための課題認識を共有すること
4)解決策を発想展開し、プロトタイプを作成すること
5)実現に向けた連携・協働のマネジメントを行うこと
6)多様な活動主体間の役割分担や利害の調整を図ること
などのプロセスを共有し、実現に向けて連携、共創、協働していくことにあろう。
「現存の状態をより好ましいものにかえるべく行為の道筋を考案するものは、だれでもデザイン活動をしている。」[5]と述べたのはハーバート・サイモンであるが、このことは、全ての活動主体、全ての住民が、「デザイン思考」によって自ら地域経営に関与していくことに他ならない。
3.生活文化創造のプロセスを地域に埋め込む
1986 年に提案した「デザインポリス構想」での筆者の主張は以下のとおりだ。
「我々は『デザイン』という行為を『人間のあらゆる活動領域において新しい構想を創り出し.具体化する行為』としてとらえている。つまり、市民の日常生活、産業・経済活動、文化活動を問わず、すべての領域において新しい構想を考え、知恵を出し、具現化に向けて活動する。そのプロセスそのものを『デザイン』と呼んでいるのである。そして、ひとりひとりの人間の生活をより楽しく、より美しく、より快適にするための創造活動を支える哲学であり、高次のソフト技術であると理解している。
地域の活性化には、経済開発効果を高める産業基盤整備とともに、社会開発、文化創造を支えるための生活基盤整備をあわせた複合的な戦略とテーマが必要である。その意味からも、地域のすべての活動領域にわたってカパーしうるテーマが必要であり、それを『デザイン』という高次のソフト技術に求めることは、まさに情報社会に向けての都市経常戦略上、非常に意味のある選択なのである。」[2]
4.デザインポリス構想のコンセプトとその中核構造
「デザインポリス繕想」とは、「デザイン」というテーマにそって、地域の文化創造機能を高め、加えて創造活動を行なう人達に対する支援構造をソフト、ハードの両面にわたって地域内に整備することによって、地域外の創造的人材をも集め、それによって集中発生する情報の効果的な活用により新たな地城文化の創造につなげていくという、「デザイン」をテーマとした複合的な都市経営戦略である。
これを基盤として、地城の産業を文化創造型産業として、あるいは文化創造支援型産業として再編成し、都市全体をいわば一つの「文化創造支援基盤構造」という商品として売り出していこうというのが、「デザインポリス構想」の基本コンセプトであった。
その中核構造は、デザイン・シンクタンク機能を中心にしたヘッドクオーターを中心に、
1)文化創造型産業集積基盤(デザインコンビナート)
2)滞在型創造活動支援エリア
3)研究教育施設混在型生活街区
4)提案型仮説体験環境
の機能を持った施設群によって構成し、それを全市的なデザイン推進運動を展開する様々な活動主体がネットワークを形成して支えていくという仕組みを提案した。
5.地域経営のためのデザインプラットフォーム
meetup.comの創立者であるScott Heifermanは、DIO (Do it Ourselves)型公共事業という表現を用いて、行政機関に過度に依存しない自立型の住民の主体的活動の重要性を指摘している。
地域経営のためのプラットフォームは、地域の多様な活動主体がオープンでフラットな関係に立ちつつ、自律的、持続的、循環的な地域経営を支える社会システムとして構築されることが望ましい。
それは、地域における全ての活動主体、とりわけ一般の住民が「デザイン思考」を獲得し、創造的なイノベーションを生み出し、成果を実現化する活動を支える仕組みを整備することでもある。そのために、町内会のレベルから、つまりは、小中学校の義務教育課程から、地域の公共的なあるいは社会的な協働事業を、デザインシンキングによって解決していく、という基盤が構築出来れば、住民の主体的な参画による地域経営を可能にするデザインプラットフォームと呼びうる仕組みが形成されるのではないかと考える。
その意味では、「デザインポリス構想」も充分再考に値する提案であったと言えるのではないだろうか。
6.おわりに
効率化、最適化の前提となっていた仕組みが崩壊したとき、外部の知恵や支援を最大限に受けつつも、地域に根を張って生活を維持しなければならない住民が主体となって、地域のあらゆる課題を自らの知恵と力で乗り越えていかなければならない。東日本大震災は、正にそうした現実を我々に突きつけた出来事であったとも言えるのではないだろうか。
地域経営に全ての活動主体が積極的に関与し、成果を導出して行くには、住民自らが担う自立意識とともに、大小様々な問題解決につながる創発的活動を日常的に繰り返し経験していくことが必要であろう。そうした日常的な活動の蓄積があってはじめて、利害が絡み合う複雑な課題や、前例のない複雑な問題に対峙しても、思考停止に陥って行政機関に責任を転嫁することなく、創造的なイノベーションによって住民自らが困難を乗り越えるDIO(Do it Ourselves)型の公共事業や地域経営が実現可能になると考えられる。
地域経営のためのプラットフォームは、デザイン思考とMOD によってこそ、その機能を最大限に発揮することが出来ると言えるのではなかろうか。
参考文献
[1] 大藤恭一, デザインイノベーションとMOD の新次元‐その7‐ 地域経営におけるMOD の可能性, 第12 回日本感性工学会大会予稿集, 2010
[2] 大藤恭一, デザインポリス構想, DESIGN 福山 No.20, 福山地方産業デザイン振興協会, 1986
[3] 富野暉一郎, 「公・共・私」型社会の新たな地域マネジメントの姿, ガバナンス no.36, ぎょうせい, 2004
[4] 清成忠男, 地域自立への挑戦(講演記録), 経済学論集, 龍谷大学, 2010
[5] ハーバート・A・サイモン, 新版システムの科学, パーソナルメディア, 1987
(Text by:大藤 恭一)